井伊谷城|井伊家のはじまりの地で継承する尊さを思う

井伊谷城
大河ドラマ『直虎』がきっかけで、井伊谷城を訪れました。
井伊谷城は、井伊家のはじまりの地・女城主の井伊直虎が死守した場所というイメージでした。井伊家が守り抜いた井伊谷を歩きながら、ぜひ井伊家の歴史に思いを馳せてみましょう。
井伊谷城は、継承することの難しさと尊さを考えさせてくれた、素晴らしいお城でした。

お城訪問レポート

井伊谷城へのアクセスは、浜松駅前から運行している遠州バスか、車がおすすめです。

井伊谷城
バスのときは、こちらのフリーパスを利用するとよいでしょう。

まずは、「浜松市地域遺産センター」に向かいましょう。(無料駐車場あり)
センター内には井伊谷についての展示やガイダンスコーナーがあります。
トイレ休憩も兼ねて、井伊谷城へ登る前にぜひお立ち寄りください。
井伊谷城内には自販機や売店がないので、飲み物を持参することをおすすめします。

井伊谷城
地域遺産センターから徒歩5分ほどで、井伊谷城の登城口に到着します。
大河ドラマの舞台になったことで、案内板も整備されたのでしょうか。
おかげで迷わずお城に行くことができます。

井伊谷城
登城口からは、このように平坦に整備された歩道や階段を進んでゆきます。
スロープも設置されていますので安心ですね。

井伊谷城
なだらかな坂道とはいえ、歩き続けると息も上がってきます。途中、2ヶ所のお休み処が整備されていますので、休み休み登ってくださいね。どちらも景色がいいですよ。

井伊谷城
1つ目のお休み処の隣には、城山稲荷神社がありました。

井伊谷城
山頂までの道は、畑になっていたり、果物が実っていたりと目を楽しませてくれます。

井伊谷城
登城口から歩くこと15分ほど。山頂に到着です!
こちらの写真は、大手口の虎口(こぐち)です。「大手」はお城の正面にあたる場所で、「虎口」は出入口のこと。つまり「大手口の虎口」とは、お城の正面入口のことです。

虎口の両側の、土が盛られた部分が、「土塁(どるい)」になります。
この部分の土塁は、ほかの場所よりも高くつくられていました。
このことから、この場所が防御性を重視した場所だということがわかります。

井伊谷城
こちらは、「御所の丸」と呼ばれるエリアの全景です。
お城は、曲輪(くるわ)という区画されたエリアが複数あり、メインエリアを「本丸」や「本曲輪」と呼ぶのが一般的です。
井伊谷城の場合、曲輪が1つだけの単純な構造をしています。
そして、ほかのお城の本丸にあたるエリアが、こちらの御所の丸です。

井伊谷城
井伊谷城は中世(鎌倉〜室町時代)につくられたお城なので、近世城郭によくある「天守」はつくられませんでした。けれど物見やぐらのようなものはあっただろうと想像できます。
今のように木々はなかったでしょうから、屋敷を建てるだけのスペースも十分あります。
御殿まで立派なものはなくても、簡素な館レベルの建物はあったのでしょうか。

井伊谷城
御所の丸には巨石がいくつかありました。館の庭園の石だったのかな?と想像します。
小さな石を積み上げたこの石たちは、登城した方が積んだものでしょう。

井伊谷城
山頂からは、井伊谷城の出城だった三岳城のある三岳山を眺めることができます。
戦など非常事態に立て籠もるお城を、出城や詰めの城といいます。
井伊谷城も麓の居館に対する詰めの城としてつくられたものですが、標高約115mの井伊谷城では不安だったからなのか、もっと高い三岳城(標高約467m)も出城にしたようです。

井伊谷城
井伊谷城山頂からの眺め。
井伊家の方々もこの景色を眺めたと思うと感慨深いものがあります。

井伊谷城
山頂にはこのような眺望デッキがあります。近くにはベンチもいくつかあります。
このときは、お弁当を広げて休憩されているハイカーの方が何人もいらっしゃいました。
私も浜松駅で買ってきたお弁当でお昼休憩。景色がいいから気持ちいい!

井伊谷城
山頂にはこんな顔出しパネルもありました。記念にパチリ、いかがですか?

井伊谷城
大手口から入って左手奥には、搦手(からめて)口の虎口があります。
搦手は、お城の裏口の部分です。やはり虎口の両側には土塁がありました。
この搦手口の先には水洗のお手洗いがあります。
搦手から出て左手の小道を進み、登ってきた通路に合流して下山しました。
登城口〜井伊谷城見学・お昼休憩〜登城口のコースで、約1時間ほど滞在しました。

井伊谷城周辺の井伊家ゆかりのスポット

龍潭寺

龍潭寺

写真提供:浜松観光コンベンションビューロー

井伊家の菩提寺です。井伊直虎・直政・直弼など歴代の井伊家当主の墓と、家臣たちの墓があります。小堀遠州作と伝わる庭園は、国の名勝に指定されています。
私が訪れた時期は休観日でしたので、美しいお庭を観ることはできませんでした。
次はぜひお庭も堪能したいと思います。(毎年12月22日〜27日が休観日になります)

共保公出生の井戸

共保公出生の井戸
龍潭寺近くの田園の中にある、石組みの井戸です。平安時代の寛弘7年(1010)の元旦に、井伊家の初代:共保(ともやす)公がこの場所で拾われた(生まれた)そう。
ここは、井伊家のまさに「はじまりの場所」。ぜひ行ってみましょう。

井殿の塚

井殿の塚
井殿の塚は、謀反の疑いをかけられて今川義元に殺害された、井伊直満と直義の供養塔です。直満は、直虎の婚約者だった直親の父、つまり直政の祖父にあたる方。直義は直満の弟です。

井殿の塚
今川家の手前、謀反人扱いされたこの2人を公に供養することは難しかったのでしょうか。
成長が早い常緑樹のタブノキを植えて、この供養塔を隠したそうです。
ぜひタブノキを下から眺めてみてください。井伊家の人々の思いが響きます。

井伊氏居館跡

井伊谷城
井伊谷城の麓にあった、井伊家の居館跡だと伝わる場所です。
現在は、「引佐町第四区公民館」になっています。

井伊谷城

現地案内板より(現在地が「井伊氏居館跡」です)

現地案内板によると、この黄色のエリアが井伊家の居館跡だったと推定されています。
供養塔のある井殿の塚も、その居館跡の一部だったそう。
中世のお城は、政治と住まいの中心である麓の居館と、非常事態のときに籠る山頂の詰めの城と、二つの機能を使って統治していました。
井伊氏居館跡と井伊谷城から、中世のお城のつくりを知ってもらえると嬉しいです。

井伊家家臣の居館跡

井伊谷城
井伊谷城の麓には、井伊家の家臣たちの居館跡があります。
写真は新野氏の館跡。他に、小野但馬守政次の居館跡がありました。
井伊谷城や井伊家の居館と、家臣たちの館がどのくらい離れていたのか、どんな位置関係だったのかを知るのはとても興味深いものです。

野口
大河ドラマのおかげで、井伊谷城と井伊家ゆかりのスポットはきれいに整備されていました。ドラマで話題の今だけでなく、これから先も見守りたいお城です。
井伊谷城